平成21年11月7日
同期の中にも、悪性腫瘍(がん)に侵されて、帰らぬ人となった者もいる。
がんの状況、がんにかからない、再発しないために簡単にまとめてみた。
現在、日本人の死亡原因の第1位(32%)はがんで、日本は世界でもがん王国といわれている。また、日本人の3人に一人はがんに侵されている。更に高齢化社会になると、2人に1人は、がんになると言われている。がんは遺伝子の一部の突然変異が原因といわれており、生活習慣病にかかっているとがんになりやすいとも言われている。
がんにかかると、精神的、肉体的、金銭的に大きなダメージを受ける。医療は日進月歩しているとはいえ、なかなか、辛い病気だ。ある統計によると、がんにかかって手術をし、放射線治療または、化学療法を受けた患者の平均5年生存率はわずか52%だそうだ。
また、がんの治療は、肉体的に大きな苦痛であり、手術、放射線治療、化学療法は正常な免疫体などに大きなダメージを与え、日常生活に大きな支障を受ける。更に、金銭的にも大きい出費になる。がんの症状、程度、種類にもよるが、化学療法を1回行った際にかかる費用は約40万円。1クール(21日)をかけて8回やると320万円。入院費、手術費、検査費、通院費などを加えると健康保険や高額療養費を考慮してもかなりな金額になる。さらに、先端医療を受けると1000万円近くかかるといわれている。
がんには、低悪度、中悪度、高悪度とあって、低悪度のがんの進行は年毎に進み、薬の利きも悪く直りづらい。中悪度のがんは月ごとに進み、高悪度のがんは週ごとに進行するが薬が利きやすい。しかし、再発を繰り返すと薬の効き目が悪くなる。更に、高悪度癌になると気がついたときには末期がんということもある。いずれにせよ、がんとの闘いは、凄まじいもので多くの人が、力尽きて帰らぬ人となっている。
週刊文春(9月24日号)によると、「がんにかからない、また、かかっても、再発しないための食事療法」があったので一部を引用して紹介する。
1 限りなく無塩に塩分の多い食事をすると、その補正にエネルギーが消費され、細胞の老化、癌化しやすくなる。ラーメンは美味いがスープを全部飲み込
むのは遠慮したい。味噌汁も過度に取らないほうが良い。刺身につける醤油の量にも気をつけたい。
2 動物性蛋白と脂肪の制限
動物性蛋白、特に牛や豚などの四足の動物はがんの発生率が高い。
動物性蛋白を消化するため、肝臓内の酵素活性が高まると、遺伝子のミ
スマッチが置きやすい。 動物性脂肪は免疫を低下させる。鳥や魚介類も
範疇ではないが、控えめに。
3 大量の野菜と果物
野菜と果物は、がん予防に効果的、ミネラルやビタミンの補給、がんの
原因となる活性酸素を減らす。
4 玄米、芋、豆類
がんの原因の1つに、エネルギーを産生するクエン酸回路の傷害がある。
このクエン酸回路を活性化させるために、不可欠なのが、ビタミンB群、玄米や胚芽米などの胚芽部分にB群が豊富に含まれる。
5 乳酸類、海藻、キノコ
乳酸菌は、善玉菌の代表。腸内環境を改善する。腸は食物と一緒に外敵が侵入しやすいので免疫細胞が集結。善玉菌はこうした免疫細胞を活性化する。海藻やキノコには免疫を高めるフコイダンやβグルカンが含まれる。
6 蜂蜜、レモン、ビール酵母
蜂蜜は滋養強壮食品でビタミン、ミネラルも豊富、レモンは疲労回復と
強力な抗酸化作用をもつ。動物性タンパクの補充にビール酵母。エビオス
錠の活用をする。
7 油は、植物性のオリーブオイルかゴマ油
現代人に不足がちなn−3系や一価の不飽和脂肪酸。血液をさらさらにする。
8 自然水
水道水には塩素やフッ素の影響でがんの原因になる化成酸素が多いので、自然水が勧められる。
9 煙草を止め、アルコールは1日1合程度。
喫煙とがんの因果関係は認められている。できうれば禁酒が望ましい。
10 体温を上げる。
現代人の平均体温は低くなっているといわれている。体温が下がると免疫が落ち、病気やがんにかかり易くなる。理想体温は36,5度。体温を上げるために適度な運動を行う。
ネットを検索すると、色々な方法が出てくる。
11 食事の割合
炭水化物、タンパク質、野菜果物の割合は、1:2:3が理想とされる。
特に、がんを患った人は再発しないために、覚悟を決めて再発防止、長期生存のため食事療法に徹底的に取り組む。それとともに、定期健診を必ず受けることが必要である。
では、また。
平成21年九月30日
自民総裁選挙の結果は、自民壊滅の大敗北を実証したと思います。
官僚癒着を切り捨てると言えず。財界主導の政治を斬ると言えず。まして、国家の安全・自主国防を一言も語れないで保守の王道を語る変チクリン。
民主二番煎じの政策を言い合う自民党総裁選挙でした。
来年夏の参院選挙後には、自民解党再編成せねば日本政界の弱体は計り知れません。
平和で繁栄を維持し、人権抑圧のない国で、伝統を大切にする国の育成こそ保守の王道だと一昨日、NHK夜九時のニュースキャスターに聞かれて語る谷垣新総裁の言を聞き、社会主義者の言かと、落胆を超えて国の将来を憂いて寒心しました。
民主党新政権誕生の大津波を改めて思い返しています。
民主政権が、華々しく国連外交から出発しましたが、今後の国の方向性まで狂いかねないと心配するものがあります。
油断でキンと身構える気分です。
闇の中で佇み、ジット目を閉じて、静かに正しい方向性を掴む時間が必要だと思います。そうすれば、ようやく民主政権の方向性が見えて来ます。
リアリティーに徹するのが政治であるにも拘らず、「友愛」、をエサに、敢えて現実離れした異次元の理念をモットーに掲げて、高らかに日本の新政権誕生を国際舞台でアピールしたのは何故でしょうか・・・
鳩山は、国益重視の現世に敢えて異を唱え、世界から戦争をなくし貧しい国に富を分配し、真の互恵平等の世界を実現するには先進国が率先垂範すべきだと・・・先ずは、日本がその範を示すのが第一だと意気込んで国連の舞台に立ちました・・・
其処で、友愛を理念として唱えておき、次に25%ものCO2削減を大胆に宣言、更に核廃絶を被爆国であることを御背光にして語りました。
見方を変えれば、国益にエゴを剥き出しにする先進諸国の実態は、資源欲しさに金をばら撒き、裏では秘かに武器を供与するのですが、この度の日本の国際貢献策発表では裏で舌を出して笑い、表では拍手すると言う日本道化師役を大いに賞賛して見せました。
鳩山自身、日本国民が、これを実現するに、どれほど塗炭の苦労をしようとも、日本は断固この道を進むとの決意などありもしないくせに、これが世界に冠たる平和憲法下での理想だからと、世界の現実に背を向けて、日本国民の態度だけは表明して見せた。
なんと言う曖昧でしょう。
それが証拠に他の先進国がこれに追随しないようならト、一応の楔を打ち込み、国内でも政治の大改革には不慣れな新政権ですから、モラトリアムをお許しあれと、お断りの出航挨拶を済ませているのです。
為政者として、なんと言う曖昧でしょう。
国境の柵を崩壊してでもアジアを懐柔し、人類はミな兄弟の「友愛」精神漲る世界を打ちたて、世界から戦争をなくし軍備をなくす、夢の世界の実現を錯覚させて、これを目指すのが友愛の政治だと・・余りに現実に乖離して・・なんという曖昧でしょう。
頑迷固陋の岡田外相が、中国上海で外相会談をしながら訪中20回だと言うのですが、既に頑迷固陋が丸められやすい証拠の言も気付かぬ、一巻のオワリが判らない曖昧さ。
これを要するに、戦後占領下における押し付け憲法下で、エセ平和教育を受けた日本国民の曖昧なる、「友愛事変」、発生なのです。
そう簡単に事は参りませんよ。
下手すりゃ、日本民族も、日本国も、消えてしまいます。
我に返ってナニクソの気分になって来ました。
真の保守政党誕生までは何としても死ねんワと、きな臭く青臭く思っている訳です。
何と言う書生っぽさかと、自笑、失笑、自虐しますが、どうしようもありません。
扨 秋山祐徳太子・・・昭和十年生まれの前衛芸術家。本名は祐徳までで、あとの太子は聖徳太子にアヤかってくっつけたもの。都知事選挙に出たり、ブリキ作品を発表したり、彫刻を彫ったりで、多才な人らしいですが、思考は真正保守の愛国者。西部氏との共著で、戦後打破なる書物を出版したりしているようです。
この程度がウィキペディアに記載されていました。
以上で本日の愚痴を終わります。
それでは亦。
鳩山政権が発足して10日あまり過ぎた。閣僚の苦労は大変なようだ。
なにしろ、政権奪取だけを目的に細かいところまで詰めることなく、美味しいことばかりマニフェストを設定したものだから、戸惑っているようだ。
前原国土交通大臣は八ッ場ダム、JAL、高速道路の無料化などで苦労している。
長妻厚生労働大臣は年金が得意だけであとはド素人。
原口総務大臣も過労と心痛で顔色が変わっている。
郵政改革担当の亀井静香は名前は「しずか」だが、実際は暴れ馬。
消費者・少子化担当のみずほちゃんだけが、はしゃぎまわっている。
宣言どおり、官僚を使いこなせるか?
民主党政権は馬車で、それを引っ張る馬が閣僚、御車台で鳩山首相が鞭をふるっている。その傍に宇宙人が座っていて、鳩山首相の首には縄がかかっている。その縄の先を小沢幹事長が後から握っている。そんな夢を見た。
さて・・・
前回の概略日本近代史では、日清戦争について述べた。次は三国干渉、日露戦争と続くのだが、既に別の機会に述べているので、今回は日韓併合とその前後について述べることにした。
日露講和条約は、1905年(明治38年)9月5日アメリカのメイン州ポーツマスの海軍造船所で行われた。この講和条約で、日本は韓国を自由処分にすることにロシアは同意し、仲裁国のアメリカ、日英同盟下の英国もこれを承認した。韓国側から見れば、あまりにも横暴であった。しかし、当時の世界情勢はこれが、当たり前であり、国際社会からの批判は全くなかった。(推薦:ポーツマスの旗、吉村昭著(新潮文庫)
甲申事変(1884年10月、金玉均ら開化派によるクーデーダー未遂事件)以後、日清両国は、朝鮮半島から撤退するが、これを好機とみたロシアは閔妃政権を恫喝、懐柔によりロシア軍の駐屯を図った。閔妃政権も日清両国より、強力なロシアの保護国になれば、国内の政情も安定すると考えたが、閔妃政権の中でも穏健な開化派だった金允植の必死な活躍により、かろうじてロシアの野望を食い止めた。
日露が不穏な空気に満ちたとき、朝鮮は中立を保とうとした。しかし、日本としては、それは絶対に避けなければならない。ロシアの南下を防ぐために朝鮮半島に駐屯、兵站は絶対に必要なものであった。
日本は明治37年(1904年)に日韓議定書を交わした。主たる内容は「日本政府は、韓国皇室、韓国の独立及び領土を確実に保障し、防衛の義務を負う」というものであった。(なにか、日米安保条約に似ていないか?)更にその半年後(1904年8月)に第1次日韓協約が結ばれた。
当時の朝鮮半島は日本統括下にあったが、これを不服とした高宗が、ロシア、アメリカ、イギリスに密使を送った。
日本は、韓国が外交に関して、日本政府と協議の上、決定すべきとする条約を遵守する意思がないとして、第2次日韓協約締結を要求し、1905年(明治38年)に第2次日韓協約を結び、外交権は日本に接収されることになり、事実上、韓国は日本の保護国になった。
なお、この年に日本は米国とタフト協約を結んでいる。タフト協約とは、日本の韓国の自由裁量をアメリカが認める代わりにアメリカのフィリッピン領有を日本が認めるというものであった。(タフトとは、当時のアメリカ陸軍長官)
第2次日韓協約を不服とした「ハーグ密使事件」が起こった。
簡単に記すと、明治40年(6月〜9月)にオランダのハーグで行われた第2回万国平和会議(主催者ロシアのニコライ2世)に韓国皇帝高宗は、第2次日韓協約は軍事的に強要された国際法違反であると委任状と親書を持たせて3名の密使を送った。
ニコライ2世は日本政府の招聘状がないと拒否、オランダの外務大臣も面会を拒否した。参加した全ての国から韓国を委員として招待すべきとする意見はなかった。
密使3名にとって断腸の思いだったと思う。しかし、これが当時の帝国主義時代の現状である。日本政府は、この事件は、協定違反であり、日本を冒涜するものだとして、委任状と新書を持たせた韓国皇帝の責任を追及した。高宗は「朕は預かり知らぬ」と弁明したが、結局皇位を皇太子「純宗」に譲り、退位した。
第3次日韓協約は1907年(明治40年)7月24日に締結された。内容は「韓国政府の官吏に日本人を登用する」ことなど内政面でも韓国は完全に日本の管轄下になった。また、韓国軍の解散・司法権と警察権の委任が定められた。
伊藤博文は、日韓併合について、反対論者であった。保護国のままで良いと考えていた。しかし、その言葉の中に「韓国人、自ら勉めず、自ら励まず、ややもすれば、他国の保護の下におるを甘んぜらるの徒」と述べている。
保護国化だけでは、韓国の近代化は困難であると、伊藤博文は考えを変えつつあった。
日本政府としても、韓国併合には消極的であった。
しかし、明治42年10月に伊藤博文がハルピン駅で韓国独立派の安重根により暗殺されたことにより、事態は急変した。国内世論の韓国併合の盛り上がりと日韓合邦を主張する韓国人グループ「一進会」の強い陳情を受けて、日本政府は日韓併合の決意を固めた。列強の反対はなかった。
1910年8月22日、韓国併合に関する条約が締結され大韓帝国は消滅した。
日韓併合は、韓国民にとって屈辱的なものであった。「衛正排邪」を掲げる義兵が韓国各地のいたるところで蜂起した。残念ながらそれは組織されたものではなく、ほとんどが農民の小規模な蜂起であり、近代装備により組織的によく訓練された日本軍により、いとも簡単に鎮圧されてしまった。
大正8年(1919年)3月1日に起こった「三・一運動」は、最大の規模だった。パゴダ公園に集まった学生が韓国独立宣言を行い、太極旗を振り回した街頭デモを展開、一般群集が加わり大騒擾事件に発達した。朝鮮総督府の要請により、日本政府は軍を派遣して鎮圧したが、この事件は夏まで続いた。
日本は、列強の侵略を素早く察知し、近代化、富国強兵に努め、日清、日露の大戦に勝ち抜いた。しかし、当時列強に比するための近代化への大改革は、多大な犠牲を伴い大きな社会的混乱や騒擾を避けることはできなかったが、他国の力を借りることなく国民は大同団結し、近代国家建設に邁進したのであった。
それに比較すると、当時の朝鮮は、500年も続く腐敗した李朝の末期であり、自らの権益を守ることに固執し、自国を近代化する能力も意志もなかった。
自らが近代化することが出来ないなら、外国支配は免れない。
他国の支配下に入ってでも、自国を近代化すべきであった。
日本併合は、韓国に残された唯一の道であった。
時に応じて韓国は、親日、親露、親清と事大主義に走った。
日韓併合は、韓国にとって屈辱的なものであったが、それにより、人口の倍増、経済、農業の近代化。農地の開墾増大による農作物の増産、工業の発達、銀行を作り、治水、学校の創設による教育の普及、京城帝国大学(現ソウル大)を創設した。
韓国がなんと言おうとも、現在の韓国の発達の基礎は、日本が作った。
地政学上、朝鮮半島は、大国の日本、ロシア、中国に囲まれている。それは宿命のようなものである。国内では、政争に明け暮れて近代化を忘れ、他国の介入を招き自国を
危機に陥れた。韓国の危機は、日本の危機につながることであれば、日本が韓国を支配下に置いたことは当然のなりゆきであったろう。
では、また。
「朝鮮史概略」
1010年 「契丹」に侵略される。首都開城が陥落。
1013年から1019年まで継続して侵略される。
12世紀 「女真」の侵略。「金」に朝貢。
1231年 「蒙古」に侵略される。首都開城が陥落。
長い間、無抵抗の半島はモンゴル軍に蹂躙される。
1247年 「蒙古」に再侵略される。しばらく蹂躙が続く。
1258年 雙城総管府を置かれる。翌年、王子を人質に降伏。
国内には多くの蒙古兵が駐留。
1270年 蒙古、西京(平城)に東寧府を置く。反対派が済州島に移って抗戦するも1273年鎮圧される。
1274年と1281年「元寇」(蒙古に進言し、先頭に立って日本を侵略するも全滅。)
1356年から1362年までの紅巾賊侵入により首都開京が陥落
1419年 「応永の外寇」 17000人で対馬を奇襲。船、家を焼き、住民を虐殺するも少数の日本軍(対馬兵)に反撃され、敗走。
1592年(文禄の役)、1598年(慶長の役)秀吉軍の侵入により、首都漢城が陥落
1627年 「後金」に侵略される。
1636年 「清」に侵略される。首都漢城が陥落。以後、清の属国になる。(三田渡碑建立)
1895年 日清戦争で日本の勝利により、清から解放される。
1910年 日本に併合される。
1945年 日本敗戦により、米国及びソ連の管理下におかれる。
1948年 独立、現在に至る。
平成21年9月18日
「附和雷同・和而不同」
アジアへの友愛精神を利用して、強力な二三の独裁国家が、それに付け込み、日本の政治体制を壟断する事を許すことのなきよう、堂々として毅然たる舵取りをなされますよう祈りながら、新政権の船出をお祝い申し上げます。
深夜を過ぎて午前二時まで、自民党がなし得なかった族・官・業分離の大改革を果たさんとの決意溢れた新政権各大臣の具体的施策を拝聴し、選挙権を得て五十一年、国政への期待は些かの感動となって拝聴いたして居りました。
実は私はこれまでもこの度も、自民党に投票し続けた国民です。
特に今回の選挙では、奢れる自民党政治が陥った自己改革の限界を見て、忸怩たる思いを持ちつつも、国の安全への不安が拭い切れず、白票の投票を思い止めて、自民党への最後の投票を決意しました。
政界再編第三局の動きを期待しての事でありましたが、この度の民主党の大躍進は、第三局の芽を吹き飛ばして、真に新しい日本の船出を思わせるものがあります。
政治が本来具備すべき清潔感すら感じさせます。
これがODAのキックバックだとか、政党への政治資金の提供が汚濁に塗れていると暴露され、守旧自民と何ら変わらぬ卑しい政党との印象をもたれたとき、国民の期待は一気に醒めて失望の淵に堕ちこみましょう。
さらには政党内が、右だ左だ組合だと、小さな思想の具現に捉われた衆愚政治の溜まりと化したとき、人類普遍の大道たる友愛精神が、権力邪気の侵入を許さぬほどの、高邁な理想を掲げたものであることとのギャップは計り知れないものがあります。
「友愛」を指標とした国家の育成を目指すとき、日本は世界の鑑になる国家足りえるかも知れないと、国民に錯覚させてはいませんか。
戦争放棄を美化させた錯覚に友愛を重ねて、玉石混淆してはいませんか。
日本の国境は、その実現のためにこそ毅然とあるべきものでありましょう。
友愛が、邪欲に塗れた民族の溜まり場になり、貪欲を貪り合い、罵り合ったのでは、何の友愛かとなりましょう。
民主党政治が地球に生存する人類の友愛星を目指しながら、冷徹な現実の世界を見据えて舵取りを間違わぬよう一致団結なさる事を祈って已みません。ご健闘を祈ります。
平成21年9月9日
某部隊で総務係長をしていたときに、上司に「きらりと光る腹黒さ」と言う言葉を教えられた。ものごとに単純で淡白、考えの浅い私に心をこめて与えられた言葉だった。
さて、
ブッシュ前大統領を簡単に表現すれば、演説が下手で戦争が大好きで単純な分かりやすいヤンキー。ブッシュをそんな風にみると、オバマ大統領は、考え深く行動的な哲学者のようにも見える。
4月にプラハで行った「核なき世界」で彼はその格調高い演説の中で、「核兵器を使用したことのある唯一の国として、米国には行動する道義的責任がある。」と述べている。更に、「安全保障戦略における核兵器の役割を縮小。」「他国にも同様な措置を取るよう求める。」「核兵器が存在する限り米国はどんな敵であろうとこれを阻止する。」「同盟諸国への防衛を保証するため効果的な兵器を保持する。」と述べている。
この演説の中で、オバマ大統領は核兵器を廃絶するとは決して言っていない、しかも、その言葉は傲慢だ。道義的責任とは「人としてふみ行うべき道。道徳。道理」であって、法によって定められたものではない。
アメリカは、日本に対して使ったあの忌まわしい原爆2発で数十万人の日本人を殺戮したことを今でも、その行為は正しかったと嘯いている。
北朝鮮が核開発を行い着々と兵器化している。中国、韓国は、いまにも日本が核武装をするのではないかと恐れていた。いや、それは仕方がないことと容認に傾いていた。国を守るために大国日本が核を持つのは当たり前のことだ。北朝鮮の核開発を止められなかったのは明らかに中国の責任である。仮に、中国や韓国が日本の立場だったら、間違いなく中国も韓国も核武装をする。そして悪いのは、北朝鮮の核開発を止められなかった日本に責任があると日本を責め続けるだろう。
考えの浅い、単純で軽い日本の一部では、アメリカは今すぐにでも、核廃絶を推進すると盲信し、一部の政治家やマスコミは、核三原則を保持するだけでなくこれを法制化しようと蠢きだしている。日本は核をもたないと宣言したも同然。なんという浅はかさだと思う。中国も韓国も安心して、日本を攻略できる。
核を持たなくても、「持つぞ、持つかもしれないぞ」と思わせることが、戦略的にも大切なことだが、単純な日本人はわかっちゃいない。
対人地雷を廃棄する条約にも、日本は批准した。膨大なお金を使って対人地雷を廃棄する。海岸線の多い日本の防衛は不可能になった。アメリカも中国もロシアも韓国も批准していない。批准しているのは遠いヨーロッパの国の人権主義者が主らしい。日本の政治家は、自衛隊の手足を縛り、口をふさぎ、眼に覆いをかけ、耳に栓をして、国を守れと叱咤している。
先の総選挙で自民党は、目を覆うような大敗を喫した。なぜか?一般的に、日本人というのは情実で感情が先行し、冷徹な究明や分析は苦手らしい。選挙前に、自民党は民主党に敗北することは、明らかだったにも関わらず、戦略もなく、団結することもなく、内部分裂を起こして突撃して自滅してしまった。果たして、惨敗の原因分析をしているのだろうか。
どうも、日本人というのは空気に流される人種でもあるらしい。小泉元首相の郵政選挙、今回の民主党への風の流れ、もっと古くいえば、米英との戦争へ突入した風の流れ。
冷静に分析すれば、あの戦争は避けられたのではなかろうか。
昭和12年に支那事変勃発。昭和13年7月張鼓峰事件(ソ連軍との国境紛争)。昭和14年5月ノモンハン事変。昭和15年仏印に進駐してフランス軍、ベトナム軍との小競合い。支那事変で支那軍と戦いながら、はるか北ではソ連、モンゴル軍と戦闘をしている。まとめれば、中国大陸では蒋介石軍と共産党軍、満州でソ連軍とモンゴル軍、インドシナでフランス軍とベトナム軍と戦いながら、巨大なアメリカ軍をはじめ、イギリス軍、オーストラリア軍、ニュージランド軍、インド軍、オランダ軍を相手に戦いが始まった。
どう考えても勝てるわけがない。帝国陸軍の暴走というが、日本は自民党のように負けるべくして負けたのだと思う。そこに、冷静な分析、判断力があったのだろうか。戦争に負けて、日本は牙を抜かれた虎になった。平和、平和と叫び、武装もせず、友愛の心を持って他国を信じ、千羽鶴を折っていれば、永遠に日本は平和になると考えるようになった。
最後にジョークをひとつ。
日本を怒らせる方法
各国の政治家が集まって「どうしたら日本を怒らせることができるか」について話し合った。
中国の政治家が言った。「わが国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも、日本は潜水艦を攻撃してこなかった。」
韓国の政治家が言った。「我が国は竹島を占領した。それでも日本は攻撃してこなかった。」
ロシアの政治家が言った。[我が国はもう長きにわたって、北方の島々を占拠している。それでも日本は攻撃してこない。]
それを、黙って聞いていた北朝鮮の政治家が笑いながら言った「そんなこと簡単ですよ。われわれが核兵器を使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう。」
すると、アメリカの政治家が首を横に振りながらこう言った。
「無駄だね。それ、もうやったもの。」
(世界のジョーク集 早坂隆 中央新書クラレから)
では、また。



