69歳、埼玉のジジイです。 厚かましくも、三度目の所見をお送りする無礼をお許し頂きたいと思います。 一人の国民として、隣の巨大な独裁国で開催される、北京オリンピックに、参加する意義があるのかと疑問に思います。
渋々だが、隣とのお付き合いだからと・・いつものお人好し日本、卑屈日本の癖が出て、参加を容認しているように思えルノです。こんな風だから、日本国民の背骨がしゃんとしない、甘い判断が続くが、これでいいのか・・と、危機感を覚えます。 隣国とは申せ、平和友好の世界のスポーツの祭典・近代オリンピアード競技会を開催する資格に疑義有りを、もっと世界に喚起していいと思うのです。 日本独自の判断があっていい。 以下、新聞紙面の情報を得ての判断でしかありませんが。
○ 日本の排他的経済水域デ、断りもなく平然と天然資源を吸い上げる暴挙を行っている。
○ 傲慢無礼な強盗国家が、国連常任理事国である事の、世界政治のまやかし・・・
○ 共産主義政党独裁の正当性を国民に認知せしめる為、日本を悪逆非道の国に位置付け、
国民の義務として、日本への敵視教育を徹底している。
○ 虐殺記念館なる、世界に例のない施設を作り、国民に対して、日本への憎しみを煽る教 育を止めない。
○ 世界の国々にあるのは、建国に命を捧げた英雄記念館ではないのか。
○ 先の大戦時、日本陸軍はシナ人の首を斬ったことは認められます。
然しそれは、一般人の服装で、民間住宅地に逃げ込んだ、便衣隊(ゲリラ)と思われる人物を、憲兵隊が捜索して探し出し、其処に住む民間人を守るために、首を斬ったと言います。
その時、一般人は、便衣隊の報復を恐れて通報が出来ないでいたそうですが、目で合図を送って、それとなく教えたと言います。 (参戦した、先輩から直接聞いた、表裏のない心の篭った、思い出の戦記です) この行為は、戦争に参加した兵士が、ジュネーブ条約で定められた行為でした。
○ 写真にある、あの凄惨な生き埋めや斬首刑は、現イラク戦争における、スンニ派とシ ーア派の、武装闘争に見る、国民同士間積年の恨みによる、凄惨な殺し合いでしかなく。清朝崩壊後の中国は、私兵の簒奪と、国民党と共産党の内戦は、収拾の目途なしでした。
○ それらを、事もあろうに、日本の行為だったと自国民に宣撫教育し、真実の歴史を捏造して国民を欺いています。これだけでも、同じ東アジア地区に生きる日本として、平和の祭典・オリンピック競技会を開催する資格なしと、声高に注意を喚起しなければ、地域の平和が損なわれましょう。黙っていれば平穏に過ぎる、この習慣こそは、日本国が曖昧国だとの評価を定着させて来た原因なのです。 背骨の無い、ナマコのような政治家が、国を駄目にして来ました。
○ チベットは、古来、独自の文化と深い宗教が根付く、孤高の歴史を持った国であった事を、世界は尊敬心を持って、認知しているところです。 これを侵略して自国の領土とし、無辜のチベット国民に対して、虐殺の限りを尽くした暴虐の国、中国で、オリンピックを開催する、これが、高邁な理想を掲げて開催する、 オリンピック会場が、中国北京とは、信じられない決定です。 ○ 過般、雪のヒマラヤを越えて、亡命を図るチベットの少年を、中国兵が射殺する映像は世界を震撼させました。 ○ 新疆ウイグル自治区では、民主国家への脱皮をはかる、独立組織を反政府運動との理 由で、弾圧し拘留し、社会活動からの抹殺を図っています。
○ スーダンの暴動、ダルフールの大虐殺では、事もあろうに、政府軍に膨大な資金と、 武器を援助して、結果は大虐殺を支援しているのです。 ○ 石油欲しさになりふり構わず、無防備の民を殺し尽くす政府が、世界に合法と認められている以上、我が中国の行為は正当であり、何処の国からも非難される謂われは無いと開き直る。この、世界の秩序を乱して傲然と構えた中国の、何処にオリンピックを開催する資格があるでしょう。
○ 自国にあって、法輪公なる組織が、共産党独裁を揺るがす元凶になるとの恐れから、 虐殺・拷問で取締り、拷問の苦痛から死に至った拉致者の遺体からは、臓器を摘出して、この売買を黙認している非道・・・
○ 北朝鮮への援助物資は、人道支援の美名を借りて、六カ国協議で定めた枠を遥かに超える援助物資を送り、独裁者金正日を助けている。
○ 北朝鮮のミサイル関連の武器輸出入についても、これを黙認して自国の領土の不安定にのみ憂慮する政策を採り、六カ国協議を名目上、実質空文化してしまっている。
以上の数点は、一国民の所見に過ぎませんが、これでも、世界の現実は理想だけでは生きられないのだと、何も声を出さず、毅然とした姿勢を世界に見せることなく、曖昧に諾々と流れのままに、我が日本は討ち過ごすのでしょうか。それが真の国益でしょうか。 せめて、与党数人の政治家から、北京オリンピックに選手団を派遣するに懸念があると・・・大いに牽制していいと思っているのです。
政治とスポーツを混同しないようにと、日和見主義者が多く出る、戦後平和の続く日本。 本質不正の価値観を多様化させ、其処に逃げて、混乱を避ける為政者の続出。 一人の熱血漢もいないのでしょうか 近い参院選挙でも、北京オリンピックボイコットを叫ぶ与党政治家が、二三人デモ出て、中国の非道を声高に叫んで、正論をぶてば、相当の無党派に眠る熱血漢を覚醒させ、与党大勝に導くとの予測もあっていいと思うのです。
無党派層は、曖昧と妥協政治に、失望した層だと云う事を、冷静に認めておかねばなりません。 無党派層が、政治に無関心で、信念も、国家観も無く、唯、日々が平和で、安穏に生きられれば良いと・・・この層が、無党派層の大勢と思うのは誤りです。 タレント候補を担ぎ出せば、人気投票宜しく、投票所に駆けつける浮薄層だと、思っていたら足元を掬われましょう。
昨今、河野洋平氏を会長に、紘一・山拓・蝦蟇幹・二階・福田・野田等、媚中派が、事もあろうに北京オリンピック開催を支援する組織を編成したとか。 媚び卑屈極まれり! 前代未聞、財界・中国大使館の王毅・あるいは中国本土から、多額の賂でも届けられているのではないかと国民が疑心に思うほどの、節操の無い行為である。 こんなにも、事なかれで日和見で、目先の平穏に溺れて、将来への展望を国民に示す事 の出来ない、エセ平和念仏主義集団の政治家を生んだ土壌に、戦慄を覚える昨今である。
日本危うし! 此度の、フランス大統領候補であった、女性政治家ロワイヤル氏は、スーダンにおける大虐殺に加担した中国の無節操は、世界の平和を乱す元凶であり、自由と民主主義を標榜する国の大統領候補として、これを断じて認めるわけにいかない、このような、独裁を独裁が支援するような国に、オリンピックを開催する資はない。
ボイコットして、オリンピック競技が、平和の祭典である意義を示すべきであると、信念を吐露して見事であった。 それに引き換え、この日本国の、政治家のにやけて媚びるレベルは何と云う醜態であるか。政治家の節操は、当該国民の気質を象徴する。
国内では見ることの無い。中国訪問時の、あのにやけ切って、阿る面を見る度に、反吐をもようす。 近年の、共産主義中国の覇権主義は、ヒトラーがベルリンオリンピックを、美の祭典と称し、ゲルマンの優越を世界に鼓吹して自国民を盲目にし、メダル獲得の勢いを持って第二次世界大戦に暴走させた、オリンピックの政治利用に酷似する。
この非人道国家中国の、周辺国家諸国へのオラがど真ん中の思想を、歴史に刻み続けた重層の圧力は、近時共産思想の独裁と合体させて、トルネイドの如くに巻き込んで行く力は、金力と武力と、中華の思想力で、世界の自由を圧倒するほどのものがある。
日本は、この様な時だからこそ、中国に対しては、自由と民主主義国としての矜持を、断固示しておく事が、世界における日本の位置付けとして重要であり、それが亦日本の評価への国益であろう。
中国特有の、一過性の微笑は、NHKで放映するシルクロードと、古い文明の歴史探訪の映像、最近の中国鉄道の旅等、一面だけを捉えた美しい映像の数々に目を奪われて、騙されてはいけないのである。 日本国民は、自国政治家が中国政治家の前で低頭する姿と、NHK放映の○○紀行の映像に騙されてはいけないのである。
オリンピック出場を人生の目標にして、青春の全てをこれに賭けて、汗するアスリート達、青年の夢と、希望と、理想と、栄光に向かって、精進の日々を送る純粋なる魂には、国民の一人としてこれを共有したいと思う。 然し、国民一人の魂は、国民個人の誇りは、国家という団体の魂と誇りを超える事は出 来ない。
日本国の魂が、国家の誇りをかけてオリンピック競技をボイコットするとき、アスリート個人の魂も誇りも、国家の決定を優先しなければならない事は、自明の理なのである。 今日の日本の指導者は、この事態が招来した時、日本の決定を指導する事が出来るか。 国家の誇りが懸かるこのような事態に、国家は、国民を国家の決定に導けるか・・ 国を代表するアスリート達を説得し、納得させ、心の整理整頓をはかり、新たな旅立ちに誘う事が出来なければ、国家の態をなしていないといえよう。
団体教育における、団体責任の意義を、文部省教育は戦後徹底して来たか。 寧ろこの意義を抹殺して、個人の尊重と個人の権利を最優先にした教育環境を整えた。 曲がった平和教育、偏った平和教育、犠牲を伴う平和は拒否。 九条への念仏的依存と、アメリカ軍への依存の矛盾、痩せ細って折れそうな国防心。 そのつけは、一朝有事に、国家が一致団結して行動しなければならないとき、国民の精神が全く機能しない事になる。 オリンピックボイコットは、いい例である。
一朝有事は、戦いだけに限らない。 国と国の対決は戦争状態だけを言うのではない。 平和の祭典への参加が、ヤクザのような国、凶暴を隠した独裁の国で開催される時、その参加が、国民一人々の矜持として問われる事態を、突きつけられるのである。 学窓での人権、個人の権利、大いに結構である。
然し、日本国が置き忘れて失った道徳の損失は、国家の損失、国民の損失として、実に大きなものを消し去ったと言える 公に尽くし公を育てる。 単純な公共への奉仕の精神が消えて久しい。 今日、生徒一人が果たす責任の遂行が、学舎における公としての団体責任を果たす事に繋がる意義を教えていない。
個人の責任の遂行が、団体責任を構成し、団体責任は個人の責任に優先するという、大いなる意義を教えない。 校長は団体生活を通して教育をしていますと言うが、では、団体責任の自覚を、生徒が個人の責任の遂行により果たす意義として自覚しているかと聞けば、応えられないのが現実である。
団体生活でイジメが横行し、本来は、団体生活でイジメを是正出来る筈なのである。 現実はまったく機能していない。この現実が、何を物語るのかを学ばねば、いじめが学舎から消えることは無い。 今日の日本の学校では、いじめて、いじめて、いじめ抜いて、いじめられた生徒が、死 を選ぶ学舎になり果てた。
通学は、下手をすると、殺される団体に、我が子を送り出す不安を、親が悲しくも、自 覚する時代になっている。 中教審の山崎氏は、道徳教育など学校に必要ないと・・・鼻先で笑って言ったが・・・ 氏のような昭和一桁は、戦争を免れて戦後の自由を謳歌した。 戦前の道徳教育を悪のように刷り込まれた戦後世代の一期生である。
数年上の上級生は少年兵で散華した。下級生の少年は命を散らさなくて済んだ。 当時の道徳観は、国運を共にして、個人の犠牲を最高の美徳とする、団体責任観であっ た。この団体責任観は、決して悪でもなければ邪でもない。
時代が移り変わろうとも、普遍の価値観を持ツ、大きくは国家への奉仕に繋がる最高の 美徳である。国家としてこれを持たぬ国は醜悪である。 山崎氏には、道徳にもっと謙虚であって欲しい、道徳軽視論者が、国民の教育指針を定 める中央教育審議会会長となったことを、国民の一人として悲しむものである。
日本は、この三十年で、急激に人材を枯渇させた。 扨、話が随分脱線した。 北京オリンピック後の中国こそ要注意である。 競技では、金メダルの獲得競争でアメリカと肩を並べるか、あるいは凌駕する可能性が ある。
世界最強の国アメリカに勝った! メダルの獲得も、運営も大成功との評価を得れば、二年後の上海万博は、成功が目に見 えている。 中国国民の、中華! 中華! 中華! の大合唱となろう事請け合いである。
その声は、ヒトラーのベルリンオリンピックに似て、西に長城を越え、タクラマカンを 越え、ゴビを越え、ヒマラヤを越え、東に長城を越え、黄海を越えて、アジア大陸を席巻して、アジアを代表するのは俺だとの大合唱となろう。
軍事面では、人工衛星での宇宙戦争でも大国になった。 原子力兵器は、原潜は最早保有した。 後は原子力空母を持てば、太平洋は俺らの使い放題。 経済でも、中国抜きでは、世界経済は語れなくなった。 オリンピック・万博後の、中国のシナリオが、目に見えるようである。 まるで、ヒトラーの再来が中国である。瓜二つではないか。
この事態が予測される状況にあって、我が日本は、指を咥えて見ているだけなのか。 日本憎し! 日本を討て! この心情は、日本敵視教育の成果として、先のアジアサッカー大会の反日暴動デモで、 十分に堪能させて貰った。一つで、中国国民に反日の火は点灯する。 台湾統一の征討作戦は、尖閣列島占領作戦と並行して開始される。
この事態の予測あるに関わらず、日本の政治家と国民には、中国共産党独裁に頼り依存 する気分を、何処かに潜ませていないか。 中国国民の暴発は、独裁の権力で封殺して貰える・・・と云う。 何と云う軟弱! 何と云う卑屈! 何と云う売国!・・・か。 アメリカに、守って貰い続けた依存癖が、ついに慢性化して、中国の、事もあろうに共 産党独裁権力に依存しようとする心理が働いていないか・・・。
媚中派の本性見たり!・・・である。 日本の自由と民主主義は、戦後六十年の自立への怠惰が、英仏独に比しても、その確固 とした不羈不抜の精神を有するに半世紀の開きがある。 心ある政治家よ、いつまで独立へのニーとであり続けるのか・・・ 戦後の解釈憲法は、騒ぎ立てれば、国民を不安に陥れるとして、正論を封殺する狡さ。怠慢を隠して、さも大人らし気に振舞って見せる戦後日本の自社馴れ合いの政権政党。
ここへ来て、下手をすると、参院選にも影響するから、騒がしいことは黙っていよう・・ 対中国外交は、国民の意思を振起する為にも、的確な国策を発言するのが政治哲学と云うものであろう。 中国、朝鮮半島は、先の大戦での、歴史的必然の足場となった。 だからこそ、互いが本音をぶつけ合えば、独立への足場になる最適の国々なのである。 この国同士が、互いに利用し会い、大いに自国らしさを発揮すべきである。
何の遠慮がいりましょう、媚びて、屈して、精神が病んだままの半世紀デした。 この国々を利用しょう。脅されっ放しではなく、活気ある脅し合いがいい・・・ 辛酸をなめ合った国同士、半世紀を越えて、未だ、健全な独立国への一歩を踏み出せな い、体制の違う苛立ちは、国家間のストレスとなって蓄積しているように思う。
このまま卑屈に我慢し、表面妥協の外交が続けば、事と次第によっては、亡国の憂き 目を見る可能性すらある。 中川政調会長の、独酌で猪口を捻りながらの、次なる秘策を、大いに期待して居ります。 暴言多謝!
平成19年5月15日
≪守屋氏に見る自衛隊「礼式」の緩み
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